猫と夜の高原を散歩する

夕食がすんだ夜7時半すぎ、玉原ペンション村の裏を散策する。ブナの中にトチノキやホオノキの大木がある森だ。

ペンションを出てすぐ、「にゃーん」という声がした。3月に泊まった猫だらけのペンションに飼われているチロという猫は、非常に人なつこくてあちこちでお客さんにつきまとっている。こいつがやってきたのだ。首に付けた鈴を鳴らしながら、嬉しそうに前に後ろになりながらついてくる。そのうちにあきらめるだろうと相手にしないでずんずん進むのだが、どこまでもどこまでもついてくる。小川にかかった木も、倒木も乗り越えてどこまでもどこまでもついてくる。困ったものだ。鈴もチリチリとうるさい。

猫連れのせいか、妙に森は静かだ。フクロウの仲間でもいるかと思ったのに、声一つしない。けものの気配もない。バットディテクターにも反応がない。道はゆるやかな登り坂、2−30分も歩くと、チロはくたびれてきたのか遅れがちになり、時々地面に寝ころんで「休もうよ」ってな顔つきで人を見上げる。困ったものだ。「そろそろ帰ったら。一本道だからわかるよね(って猫にとっては一本道ではないのかもしれないが)」というのだが、われわれが動くとまだまだついてくる。

ホタルの幼虫が草むらで時々光る。チロの毛皮になにやら10cmくらいの暗色の細長いぬめっとしたものがくっついている。「げっ、ヒルか!」と思ってとってあげたが、頭が△形をしていたので、クロコウガイビルらしい。

ぐるっと回ってキャンプ場を経由して帰るつもりなのだが、半分過ぎたあたりから、チロは元気になって時々先導するようになったのは、この道の先にはペンション村があると知っているのだろうか。かれこれ一時間以上も歩いている。猫って一緒にアウトドアできたのだ。今更帰れとも言えないので「頑張るんだよ」と励ます。

キャンプ場に入ったところでにわかにチロがうなりだし、進まなくなってしまった。どうやら犬でもいるらしい。向こうでも「猫だ」といっている。あと少しだからと、抱っこしてつれていこうとするが、必死で振り切り、森にUターンしてしまった。キャンプ場の北の方を迂回する道があるので、そちらへ誘導する。キャンプの明かりを木々の向こうに見ながらしばらくはてくてく歩いていたが、どうしてもキャンプ場の端を通らなくてはならない。再び頑として進まなくなってしまった。抱っこも必死で振り切って木の切り株にのぼって座り込みである。1.5kmくらい来ただろうか。ペンション村まであと300mほどなのに置き去りにするのもかわいそうなので、最後の手段、捕まえて雨具以外ほとんど空っぽのデイパックに押し込んでファスナーを閉めてしまった。背負っていこうとしたら頭で押し開けて脱走してしまったので、もう一度捕まえて今度はファスナーをしっかり抑えながら早足でキャンプ場を通過。じたばたあばれて「うにゃぁぁぁぁ」と叫ぶ。

ペンション村に入ったあたりで、とうとうファスナーを押し開けて出てきてしまった。ぴゅーっとすっ飛んでいくかと思ったら、危険が去ってお馴染みの場所に帰ったことがわかったらしく、ゆうゆうと立ち去っていった。

しかし、何のために夜の散策に行ったんだろう?

猫毛だらけのデイパックはよく叩いたのだが、我が家の猫が何度もくんくん嗅いで気にしている。

翌朝、散歩に行ったら森の入口で再びチロにあったが、今度はわれわれのあとはついてこなかった。

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