The small thing in life

 アメリカのCornell Laboratory of Ornithologyの雑誌LIVING BIRD 2004.WINTER号に載っていた、世界中を旅したバードウォッチャーの手記である。

 最初にバードウォッチングの世界に目を向けさせたのは母だった。やがて毎日曜日に鳥を見に出かけるようになり、手当たり次第に鳥の本を読み学校では「鳥博士」と呼ばれるようになった。しかし音楽や女の子が気になる年頃になって、憑き物がとれたように鳥の世界から離れた。鳥とは全く縁のない日々が何年も続いた。

 二十歳の大学生だったある日、両親の家に帰ったある冬の朝、私は一人でパティオのガラスドアの前で電話をしていた。目の前のパティオのコンクリートに、母が野鳥のために置いた種をついばむWhite-throated Sparrowがいた。その瞬間、野鳥少年だった日々がよみがえった。どのSparrowだったか自信がなかったので、幼い日々に毎週のように鳥見に使った手垢の付いたピーターソンのフィールドガイドを取り出して調べた。懐かしい図鑑をめくると見たことのある鳥、まだ見たことのない鳥がたくさんいた。窓の外の鳥を何種識別できるか試してみた。かろうじて10種までわかった。鳥リストを再開する時だ。その月の終わりまでにリストは31種になった。ベテランに教えてもらえば、一日に100種見ることも可能だろう。だが自力で発見できた喜びは大きい。

 そして第2の鳥見人生は今に至るまで続いている。鳥への興味から世界中を旅した。様々な人に出会った。そして植物や動物へと興味は広がった。

 風の冷たい秋の日にWhite-throated Sparrowのさえずりを聞くと、この第2の鳥見人生の始まりを思い出す。

 母は2年前に亡くなった。ピーターソンのフィールドガイドは背表紙がとれテープで表紙は留められている。裏表紙の鳥のシルエットのページには母の手で私の名と私の育った家の住所が書かれている。あるとき母はこの本を私に譲ってくれた。そして私が辺鄙な場所をたずねるようになると、母も世間の常で心配したが、やがて”Go,honey,go."" Go and have a good time while you can."と言ってくれるようになった。あなたのためにもこれからも私はそうするだろう。



 長い間自然観察の世界にいると、様々な人に出会い、そしていつしか縁が切れていく。一時期どっぷりはまって毎週のように出歩いた人たち、自然観察会の担当だったり会の幹事をつとめた人たちも、さまざまな理由で離れていった。私自身も未だにそしてこれからも自然観察の世界にはどっぷりつかってはいるけど、観察会に出ることは今ではめったになくなってしまった。もう会わなくなってしまった人たちはどうしているだろうか。もちろん私のように個人で自然観察している人もいるだろう。でも忙しかったり興味の対象が変わって完全に自然観察の世界から足を洗ってしまった人もいる。いつかThe small thing in lifeにであって、この世界に戻ってくることがあるだろうか。

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