西洋文化
西洋ではコウモリは恐れ嫌悪迷信の現れ


動物シンボル事典 ジャン=ポール・クレベール著 竹内信夫・柳谷巌・西村哲一・瀬戸直彦・アラン・ロシェ訳 大修館書店より

聖書は、食することも神に犠牲として捧げることも許されない全ての動物と、食することは許されるが、斑点のような何らかの異常を呈するゆえに神に捧げることが許されない動物を、汚れたものと呼んでいる。
コウモリは汚れた動物に入る。

ビュフォン(18世紀フランスの博物学者)はまだこうもりを想像上の怪物的存在だと考えていたが、それはコウモリの中途半端な飛び方のせいだろう。ミシュレが『鳥』の中で書いているように「こうもりにおいて見られるのは、自然が翼を求めていながら、しかもまだ毛が生えた醜い膜しか見つけていない段階であるそれでもそれは既に翼の機能を持ってはいる」。ユゴ-に言わせれば、コウモリは無神論の人格化であった。鳥の象徴的意味の研究者であるトゥスネルは「信じやすい人間の想像力に、ヒッポグリュピス、グリュプス、ドラゴン、キマイラというような多かれ少なかれ想像の産物である動物たちの存在を埋め込むのに最も貢献したのはこうもりである」ことを力説している。以上のことはともにパシュラールの『空と夢』に関する論者に引用されている。
『幻想の中世』 のなかでバルトルシャイティスは、こうもりの翼の歴史的変換の跡をみごとに跡づけ、それが、中世的悪魔のしるしとして、ドラゴンやグリュプスの背に、さらには騎士の甲冑の上にどのようにして転移されていったかを示している。完全な姿でこうもりが姿を表すのは、12世紀にカウヴ・ソリースcauve sorrisの名においてであった。以後悪魔的動物誌に不可欠の存在となる。ただレオナルド・ダ=ヴィンチだけは、迷信とはほとんど無縁であって、コウモリをむしろ飛行機械の原型と見なし、その手稿ノートにこうもりの翼を持ったイカロスの飛行のスケッチを書き残している。
バルトルシャイティスはまた、この図像的モティーフが多分中国に起源を有するものであろうと述べている。彼とルロワ=グーランはこの系譜を長期間にわたって研究したが、中国では早くからこうもりは好運と長命の象徴になっていた。
 西洋ではそれに反して、こうもりはずっと空中を飛び、昼を厭い夜の闇を好み、暗闇の中でも目が見え移動する事ができて、そのうえ頭を下にして眠る哺乳動物であり続けた。これだけそろえばどうしても悪魔好みの夜の鳥ということになるだろう。ロジェ・カイヨワが言うように(神話と人間55ページ)「吸血鬼に関する民間信仰がそのイメージの自然的基盤として一種のこうもりを使用したのは決して偶然の産物ではなかった。事実、こうもりと人間との形象類似は決して表層的なものではなく、身体構造の一般的類似(親指が他の指と向かい合っていて人間の手そっくりであるとか、胸の乳房があるとか、規則的にメンスがあるとか、ペニスが体外に出て垂れているとか)というレベルをはるかに越えている」。
デューラーの作品『メランコリア』に象徴的に描かれたコウモリは、今なおわれわれの悪夢に現れ続けている。

フランシスコ・デ・ゴヤ理性の眠りは怪物を生み出すフランシスコ・デ・ゴヤのエッチング「理性の眠りは怪物を生み出す」(1799年)  1797年から1799年にかけて制作された80枚からなる銅版作品『ロス・カプリチョス(気まぐれ)』の43番目にあたる作品である。国立西洋美術館ページへ 

眠る男性の背後に猫が座りフクロウとコウモリが飛ぶ。フクロウは愚かさのシンボル、コウモリは無知を象徴するという解釈があるようだ。

画像は東京富士美術館ホームページより

ゴヤ : 《カプリチョス》研究(I) : 43番〈理性の眠りは怪物を生み出す〉をめぐって 国立西洋美術館出版物リポジトリより

ゴヤの「告げ口屋」にもコウモリの翼をした男が背景に飛ぶ 国立美術館所蔵


シェ-クスピア

マクベス四幕一場で魔女が洞窟で、秘薬を大釜で調合するシーンがある。材料は、ひき蛙、沼蛇のぶつ切り、いもりの目玉に蝮の舌やトカゲの脚や竜のうろこや毒ニンジンの根などとともにwool of batが入っている。

このwool of batを、家にある新潮文庫の福田恒存訳ではなんと、「蝙蝠の羽」と訳している。コウモリに羽??
引用しようと思ってたのにこれではちょっと変なので他の訳を調べてみた。

図書館で借りた光文社古典新訳文庫の安西徹雄訳では「コウモリの産毛」といっている。確かにhairではないのだから、下毛なのかなという気もするけど。

我が家にもう一冊あった岩波文庫の木下順二訳では「こうもりの毛」と訳している。これが一番しっくりする。

もっともミネソタ大学のWangensteen Historical Libraryのサイトによれば、このシェークスピアの魔女のレシピは言葉通りでないものもあってwool of batはセイヨウヒイラギの葉(Ilex aquifolium)の意味だという。セイヨウヒイラギの葉はコウモリの翼を連想させるから、それも一理あるような気はするけど。

なおマクベスには第三幕第二場の最後にも僧院の中を蝙蝠が飛び交いという表現がある

シェイクスピアはあらしThe Tempest夏の夜の夢にもコウモリが出てくる。

夏の夜の夢第二幕第二場では妖精の女王タイターニアが眠る前に、「麝香いばらの蕾の毛虫を殺しておいで、蝙蝠と戦って翼の皮を剥ぎとり、小さな妖精達の着物を造っておやり。」と妖精達に命令する。
       第三幕第二場でパックがヘマをしてハーミアの恋人のライサンダーが、ハーミアの友人ヘレナを恋してしまう。ライサンダーとヘレナが想いを寄せるけれどハーミアの許嫁デメトリアスが決闘をしそうになったところで、妖精の王オーベロンが「やがて死のような深い眠りが、重い鉛の足をひきずり、蝙蝠の翼をひろげながら、二人のまぶたのうえに忍びよって来よう。」と。

あらしでは第一幕第二場でナポリを追放されて絶海の孤島に住むプロスペローが島に住む怪獣キャリバンに「蟇蛙、甲虫、蝙蝠、何でも彼でも、お前さんに取憑いてしてくれればいい!」と。
      第五幕第一場主人プロスペローの着替えを手伝う妖精エーリアルが「蜂と一緒に蜜を吸い 九輪草の花に寝ね 梟の声が子守歌 蝙蝠の背に跨がりて 楽しく夏を追い求め・・・来る日来る日を楽しく過ごす 枝もたわわの花の下にて」と歌う。
     

夏の夜の夢・あらし 福田恆在訳 新潮文庫より


イギリス空軍RAF第9部隊のシンボルでバッジにコウモリマークが入っている夜襲をするかつてアフリカ西部のフルーツバットがマスコットで輸送船にも搭乗した。
The Bat that Flew by Day BCT Bat News 123(2020)Autumn/Winterより
http://bathead.com/raf.html

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