寂れた観光地

 現在のアメリカンサモアはどう考えてもリゾート地ではない。アメリカからかな?と思われるお客さんがほんの少しいるくらいで、とにかく観光客向けの施設はなにもない。しかし残骸があちこちあるところを見るとかつて一度は観光地を目指したと思われる。

 われわれが泊まったのはレインメーカーホテルという。アメリカンサモアの観光化の始まった1960年代はじめに政府経営で始められたホテルである。ビーチの見えるプールがあるが、水は緑色に濁っていて泳げそうもなかった。182部屋あるが、お客はほんの数組しかいなかったのではないだろうか。外から覗くと、物置と化している部屋もあるようだ。あるガイドブックに、「一流ホテル」と表現してあったのは笑える。いちばん高い部屋のあるホテルには違いないが。
レインメーカーホテルのいちばん高い部屋。サモアのファレをかたどった別棟は一晩180$!!
 パゴパゴ湾の北には標高491mのアラヴァ山がある。この山頂から1.8km先のパゴパゴ湾の反対側まで、かつては空中ケーブルカーがあった。今でもケーブルだけ残っているが、途中に支柱が一本もなく、山頂から見るとものすごい角度で湾を越えて対岸まで降りてゆくスリリングなケーブルである。風が吹くと盛大に揺れたと思われる。数年前に台風で壊れてしまったらしい。ガイドブックには、いずれ再開するようなことが書いてあるが、どちらの駅も荒れ果てたままである。観光客の数を考えると再開するのは無理だと思う。

アラヴァ山頂から見たケーブル

 1917年オープンの長い歴史を誇るという博物館は、旧館中であった。
 島には何軒かレストランがある。パゴパゴベイレストランには、湾を展望するステージつきの大きな部屋があるが、こちらは電気が消えたままで、脇にある小さな部屋では地元の人がお酒を飲み、あいているテーブルには猫が座っていた。メニューにはいろいろ書いてあったが、頼んだ品々はどれも「できない」と言われ、ごくごく一部しか作れないようなので、コーヒーを飲んだだけで出てきてしまった。ここまで徹底して「できない」と言われれば、出るきっかけもつかみやすいから、かえってよかったとも言える。
 レインメーカーホテルのレストランも、もともとのメニューも少ない上に、できないものがいろいろあって更に選択は少なった。しかしこの日は日曜日で他のお店はほとんど閉まっているので、結局パサパサのまずい魚料理とサイコロステーキをを食べる羽目になった。ここもお客さんは、2組だけで、一組はウェイトレスの友達のようだった。ガイドブックには、サモア料理もあり、金曜日はビッフェになってポリネシアンショーがあるとかいろいろ書いてあったが、いつのことやら。
手前の半島の先端から右にかけて連なるのがレインメーカーホテル。シチュエーションは万全なのに、この大きなホテルに数組しかお客さんはいない。対岸の雲が懸かっているのがレインメーカー山

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